私の一冊

塹壕の4週間

フリッツ・クライスラー 著

伊藤氏貴 訳

鳥影社 2021年7月刊

 にわかには信じがたい。かの著名な作曲家がオーストリア軍人として従軍し、しかもウクライナの地でロシア軍と戦っていたとは。

 これまで「クライスラー」と聞いても過去の偉人で、小学校の音楽室に飾られた額から、ギロリとこちらを見つめる一人としか思っていなかった。しかしこの本と出合い、私よりも若い年齢で出兵し、ウクライナへ向かったことを序章で知り、今まさに起こっている戦争と本書の内容とが、入り交じりながら頭の中に構築されていった。著者の描写がとても素晴らしく、まるでテレビニュースで流れる映像のように感じられる手記であった。

 最後にお断りしたいのは、本書において、音楽に関する記述は全くないこと。ただ、読み終えた後に楽曲を聴けば、感慨ひとしおなことは間違いない。