わたしの一冊

「日曜日の万年筆」

池波正太郎 著

新潮社(新潮文庫)1984年3月刊

 ご存じ『鬼平犯科帳』シリーズの著者の、51のエッセーを集めたもの。この中に、1979(昭和54)年に書かれた「残心」があります。残心とは、「剣道で相手を打ち据えた後も気をゆるめずに相手の出方に心を残しておく」こと。転じてお客さまと別れる時、去り行く人の姿が見えなくなるまで見守ること。電話で語り終わってもなお、相手の様子をうかがい、「これでよし」となって初めて受話器を置くこと、などの諸例を挙げます。

 わずか6ページのエッセーですが、相手をおもんばかる心は、お客さまを見送る心の余裕もなく、電話は話が終わればガチャリと切る今の世の中。今を生きる人にとり、このエッセー一つを読むことが、温故知新につながると思います。